- 『リリエンタールの末裔』あらすじと感想・レビュー
- リ・クリテイシャス以降の世界
- 鉤腕を持つ少年・チャム|「飛ぶこと」 への憧れと情熱
- チャムの願いと誇り
ネタバレあります。ご注意ください。
チャムは 再び飛べるのか
上田早夕里さんの短編小説『リリエンタールの末裔』感想です。表題作の主人公・チャムは、この後の物語『深紅の碑文』にも登場しました。
リリエンタールとは、オットー・リリエンタールを指しています。ケイリーの飛行理論を踏まえ、グライダーの形を大きく変えた実在の人物。
きっとオットー・リリエンタールも、本書のチャムと同じように 「飛ぶこと」 への情熱があふれていたんだろうなと思いを馳せました。
もくじ
『リリエンタールの末裔』あらすじ・評価
4つのSF短編集
本の評価
おすすめ
かんどう
いがいさ
サクサク
【あらすじ】
彼は空への憧れを決して忘れなかった―長篇『華竜の宮』の世界の片隅で夢を叶えようとした少年の信念と勇気を描く表題作ほか、人の心の動きを装置で可視化する「マグネフィオ」、海洋無人探査機にまつわる逸話を語る「ナイト・ブルーの記録」、18世紀ロンドンにて航海用時計の開発に挑むジョン・ハリソンの周囲に起きた不思議を描く書き下ろし中篇「幻のクロノメーター」など、人間と技術の関係を問い直す傑作SF4篇。
- リリエンタールの末裔
- マグネフィオ
- ナイト・ブルーの記録
- 幻のクロノメーター
『リリエンタールの末裔』ネタバレ感想・レビュー
表題作 「リリエンタールの末裔」 は、上田さんの長編SF小説『華竜の宮』『深紅の碑文』と続くオーシャンクロニクルシリーズと繋がっています。
本作だけでも話は分かるのですが、合わせて読むと より楽しめること間違いなしです。出版順に読むと良いですね。
- 短編「魚舟・獣舟」(2006年)
- 長編『華竜の宮』上・下 (2010年)
- 短編「リリエンタールの末裔」(2011年)
- 長編『深紅の碑文』上・下 (2013年)
私は 「リリエンタールの末裔」 を読む前に『深紅の碑文』を読んでいました。時系列順に読んだほうが良かったかな。
陸地の大半が水没したリ・クリテイシャス以降の世界

『華竜の宮』の世界観がそのまま描かれています。リ・クリテイシャス (大規模海面上昇)。ホットプルームの上昇によって陸地の大半が水没した世界が舞台。
リ・クリテイシャス以降の人類は、遠い宇宙へ行くための技術よりも、過酷な地球環境への適応を優先しました。
でも『深紅の碑文』や『華竜の宮』で描かれている宇宙に向けたロケット打ち上げ計画は、本作の 「飛ぶことへの憧れ」 に通じるものがあります。
本作のチャムの気持ちに寄り添いながら読んでいました。
鉤腕を持つ少年・チャム|「飛ぶこと」 への憧れと情熱

主人公・チャムの種族は 背中に鉤腕と呼ばれるものを持っていました。
背中に生えている〈第二の腕〉。外見は鳥の脚そっくりで、ざらざらとした皮膚も鳥そのもの。指があり、鋭い爪までついている。
村人たちは 普通の両腕に加えて、2本の鉤腕も利用しながら生活していました。幼少期は、鉤腕を使って翼を固定すれば空を飛ぶこともできるのです。
でも飛行は ある程度の年齢まで。成長すると、体重と揚力のバランスにより 鉤腕を使って飛ぶことが出来なくなります。
空を飛ぶ気持ちよさに勝るものがこの世にあるのだろうか
12歳の誕生日直前まで飛び続けていたチャムは、空を飛ぶことに魅せられていました。
空を飛ぶこと。空への憧れ。
それがなければ、飛行機が発明されることは無かったかもしれません。ロケット打ち上げもそうです。空にある衛星も・・・。
全ては憧れから始まった。そして 「空を飛ぶこと」 を可能にしちゃう人類ってすごいです。
チャムの願いと誇り

幼少期を過ぎて、鉤腕の力では飛べなくなったチャム。村を出て運送会社で働き始めますが、「飛ぶこと」 を諦めてはいませんでした。
空を見上げたチャムの視界に入ったもの。それは ハンググライダーで空を飛ぶ人々です。
やがてチャムは ハンググライダーを販売・受注生産している 「Shearwat」 の店主・バタシュと出会い、あることを頼みます。
鉤腕の働きを計算に入れて、新型ハンググライダーを作れないか。
空を飛びたい情熱はもちろんありますが、彼にはそれだけじゃない切実な思いもありました。
鉤腕がある人々への差別です。
いつの時代も、どこに行っても差別はあるものなんですね。切なくなりますが、鉤腕はチャムの体の一部。彼の誇りなんです。
飛ぶことで、いま、この街にないことになっている差別を、皆の目に見える形にしたい。鉤腕は武器ではなく、僕たちの誇りであることを皆に知らせたい
鉤腕を隠すのではなく、それを活かした新型ハンググライダーで空を飛びたい。堂々と飛ぶことで、鉤腕は誇りであることを皆に知らせたいと願う。
人と違う部分って、コンプレックスであったりもします。でも裏を返せばそれが自分の個性でもあるわけで。
鉤腕が自分の誇りと言うチャムが潔くて眩しかったです。
「リリエンタールの末裔」 は 飛ぶことへの情熱の物語
ラストに彼は飛ぶんです。鉤腕と一体になった新型ハンググライダーで。とても気持ち良さそうで読むのが楽しかったです。
短編 「リリエンタールの末裔」 は、チャムを通して 空を飛ぶことへの憧れと情熱を感じられる物語でした。



