『悲素』あらすじ・ネタバレ感想文|和歌山カレー毒物事件の闇と真実|帚木蓬生
- 『悲素』あらすじと感想文
- 和歌山カレー毒物事件の闇と真実
- 毒の麻薬性
- 後遺症と心に負った傷
- 疑わしきは罰せず
少しだけネタバレあります。
和歌山カレー毒物事件の闇と真実
帚木蓬生さんの小説『悲素』感想です。1998年7月25日。和歌山県の夏祭りで悲劇が起こりました。
和歌山カレー毒物事件(町で開催された夏祭りのカレーに亜砒酸を混入して、死傷者67名をだした事件)です。
林眞須美容疑者(本書では小林真由美)が逮捕され、死刑が確定されていますね。
今回手にした本は、その事件を題材にして裏舞台を描いたものです。警察の捜査に協力した1人の医師がいました。九州大学の井上尚英名誉教授(本書では沢井教授)です。
読み応えがあったよ。
『悲素』あらすじ
帚木蓬生、渾身の力作!
悲劇は、夏祭りから始まった―。多くの犠牲者を出した砒素中毒事件。地元刑事の要請を受け、ひとりの医師が、九州から和歌山へと向かった。医師と刑事たちは地を這うように、真実へと近づいていくが―。現役医師の、「鎮魂」と「怒り」に満ちた医学ミステリー。
『悲素』作者の怒りを感じた小説
帚木(ははきぎ)さんの著作を読むのは2作目です。『悲素』は作者の怒りを感じる小説でした。
驚くべきことに、カレー事件よりももっと前にヒ素による犯行が行われていたのです。
沢井教授と警察の連携で明らかになる過去の犯罪。裁判の判決は死刑だけど、全てのものに有罪判決がでたわけではなかったのですね。
地道な裏づけを重ねて明らかにしても報われなかった裁判に、やり切れなさを感じた。
『悲素』ネタバレ感想文
とても詳細に書かれている『悲素』は、まるでドキュメンタリーのような一冊。知らなかった事実がたくさんあって、びっくりしました。
悲しいという文字をあてたタイトル『悲素』。
文字から毒に依存してしまう人間の悲しさがにじみ出ていたよ。
過去の恐るべき犯罪
毒物カレー事件により、小林真由美の関与が疑われます。
なかなか逮捕されなかったのには理由がありました。彼女の周辺で砒素中毒により後遺症で苦しんでいる人たちが次々と出てきたのです。
少なくとも13年間にわたる犯罪・・・。
全員に多額の保険金がかけられていました。夫も関与しており、しかも自らも毒を飲んでいた・・・。過去の犯罪が次々と明るみにでて、ゾッとしました。
このカレー事件が起こらなければ、今も闇の中だったのかも。
毒の麻薬性
「毒」は、なぜ人の心を闇の世界に引きずり込むのか。
当初の計画が狂い、砒素投入をやめる事も出来たのに止めなかった。そこには、それを手にしてしまった人間の誤った感覚があったのではないか。
動機について現役医師だからこその見解が書かれていました。
麻薬のようなものだね。自分が神にでもなったかのように錯覚してしまい止められなくなるのかな。
砒素が古くから世界中で使われてきた事実も描かれています。
17世紀のイタリアで、表向きはシミやソバカスを取る化粧水「トッファーナ水」別名「ナポリの小雨」として秘かに売られていたこと。19世紀フランスで起きた「マリー・ラファルジュ事件」など・・・。
くり返し使われてきた事実にヒヤリとしたよ。
カレー事件に使われたヒ素だけではなく、松本サリン事件やタリウムなどにも触れています。
主人公・沢井教授(井上名誉教授)は、松本サリン事件にも捜査協力していたのですね。この辺りも詳細に描かれていました。
後遺症と心に負った傷
砒素中毒の後遺症に苦しむ人たちがいました。いずれも小林真由美の被害者です。
多発ニューロパチーと言われる末梢神経障害など、専門用語が多く難しい内容。でも苦しみが充分に伝わってきて、改めて毒の恐ろしさがわかる。
カレー事件以前には何回も砒素を飲まされている被害者がいて・・・。もう元の体には戻らないんですよね。後遺症の凄まじさに痛ましさと悲しみが湧き上がってきました。
体に負った傷だけではありません。和歌山県で起きた悲劇には、その後も暗く影を残します。
あの夏の日から町内では16年間夏祭りが中止となっていました。
帚木さんの著作『悲素』。「悲しい」という文字を使ってのこのタイトルに、毒に依存してしまう人間の悲しさとやり切れない思いを感じました。
心に負った傷も深く本当に愕然としてしまうような事件だね。
疑わしきは罰せず
一審から最高裁まで10年にも及ぶ裁判でも、カレー事件の動機は不問にされたままでした。
被告が黙秘を貫いたからです。動機が解明されないまま死刑判決。
一審では13年間に及ぶ犯罪を明らかにしたにも関わらず、カレー事件以前については全部が有罪になったわけではなかったようです。
あまりにも時間が経ちすぎたため確たる証拠がなく、限りなく疑わしいだけでは罰せられないというものです。
割り切れないものが残る判決。
保険金に取り憑かれた犯人の生活は、全てそれで成り立っていました。毎月多額の保険金をかけて事故を装い犯罪をくり返す。
保険金絡みの事件が後を絶たないのは、毒と同じように麻薬性を持っているからなのかもしれません。
怖いね・・・。
『悲素』は心の震えが止まらない小説
『悲素』は、心の震えが止まらない小説でした。
帚木さんは精神科のお医者さんで、医師ならではの見解と描き方。専門用語がたくさん出てきて難しいところもありました。
少し厚めの本だけど、事件を風化させないためにも読んで良かった。