『虐殺器官』ネタバレ感想文・あらすじ|ラストを解説&考察「虐殺の文法」とは?|伊藤計劃
- 『虐殺器官』あらすじと感想文
- 「死者の国」と「逃れられない地獄」
- ジョン・ポールの正体&「虐殺の文法」「虐殺器官」とは?
- ジョン・ポールが虐殺を引き起こした理由
- クラヴィスがルツィアに求めた「救済」
- 【ラストを考察】彼が「虐殺の文法」を広めた理由
ネタバレあります。ご注意ください。
地獄は頭のなかにある。だから逃れられないものだ
ゼロ年代最高のフィクションと言われている伊藤計劃さんの小説を再読しました。『虐殺器官』読書感想です。
小説のすごさに圧倒された。
万人受けする内容ではないと思いつつも、やはり素晴らしいですね。グロいけど読みやすくて面白い。主人公の心情や描写に引き込まれました。
『虐殺器官』あらすじ
ゼロ年代最高のフィクション
9・11以降の、“テロとの戦い”は転機を迎えていた。先進諸国は徹底的な管理体制に移行してテロを一掃したが、後進諸国では内戦や大規模虐殺が急激に増加していた。米軍大尉クラヴィス・シェパードは、その混乱の陰に常に存在が囁かれる謎の男、ジョン・ポールを追ってチェコへと向かう…。彼の目的とはいったいなにか?大量殺戮を引き起こす“虐殺の器官”とは?
『虐殺器官』ネタバレ感想文|グロいけど面白い!印象に残ったシーン
簡単に言うと、『虐殺器官』は虐殺の要因となる人物ジョン・ポールを追いつめていく物語です。米軍クラヴィス・シェパード大尉の視点で描かれていました。
- ジョン・ポールが行くところで大量虐殺がおきる。彼は何者?
- ジョン・ポールが語る「虐殺の文法」とは?
『虐殺器官』という物騒なタイトルだけに、かなりグロいシーンが満載なんだ。
最初よんだときはグロいイメージが強烈に残りました。でも、再読するとただグロいだけじゃないことに気づきます。表現が独特で素晴らしいんですよね。
特に興味をひかれたのは、冒頭から描かれている「死者の国」。
「死者の国」と「逃れられない地獄」
クラヴィスの頭の中には「死者の国」が存在していました。
泥に深く穿たれたトラックの轍に、ちいさな女の子が顔を突っこんでいるのが見えた。まるでアリスのように、轍のなかに広がる不思議の国へ入っていこうとしているようにも見えたけれど、その後頭部はぱっくりと紅く花ひらいて、頭蓋の中身を空に曝している
ちょっとグロい描写だけど、この独特な表現が『虐殺器官』、強いては伊藤計劃さんの文章の魅力でもあります。
彼の中に存在する「死者の国」は、いくつかのバリエーションがあるよ。
死者たちが彼に手を振って微笑んでいたり、亡くなった母がいたり・・・。
「死者の国」はクラヴィスにとって悪夢であり、安らぎに満ちている世界でした。
母の延命治療を止めたクラヴィスは罪の意識に苛まれます。一方で「特殊検索群i分遣隊」大尉として暗殺などの汚れ仕事を淡々とこなす。
母の死にはリアリティを感じるのに、仕事での殺人はリアリティを感じない。
「死者の国」は、そんな彼のアンバランスな心情を表しているのかも。
「死者の国」もそうだけど、彼の仲間アレックスが言う「逃れられない地獄」についても気になりました。
地獄はここにある、とアレックスは言っていた。地獄は頭のなかにある。だから逃れられないものだ、と
自ら命を断ったアレックスのことばが印象的です。
人々の命をたくさん奪ってきた彼らは、地獄のような光景をたくさん体験してきました。現実の光景は目をつむれば消えるけど、本当の地獄は頭の中に焼き付いているから消えない。
暗殺をくり返しながらも、彼らが求めていたものは「救済」なのかもしれませんね。
ジョン・ポールの正体|「虐殺の文法」「虐殺器官」とは?
なぞの人物ジョン・ポール。
武装勢力の「文化情報次官」をつとめていた彼は、世界各地で虐殺を引き起こしている張本人です。サラエボで妻子を失っており、当時学生だったルツィア・シュクロウプとは愛人関係に。
クラヴィスたちは彼を追跡するけど、すんでのところで逃げられるんだ。
中盤で明らかになる、武装勢力を虐殺へ導く「虐殺の文法」にヒヤリとしました。
ジョン・ポールいわく、「虐殺には文法がある」ということ。虐殺が起こった地域では、その深層文法が語られていると・・・。
虐殺のことばは、人間の脳にあらかじめセットされているものだ。わたしはそれを見つけただけだよ
人の脳のなかには言語を生み出す器官(虐殺器官)があって、虐殺の文法を聞かせることで内戦状態になり大量殺戮がおこる。
ジョン・ポールは意図的に文法を流し、人々が争うように仕向けていたのです。
・・・なぜ?
悪意からそうしたのではなく、彼なりの理由がありました。共感はできなかったけど。
ジョン・ポールは、なぜ虐殺を引き起こすのか?
ジョン・ポールが虐殺を引き起こした意図は「愛する人々を守るため」です。
彼らがわれわれを殺そうと考える前に、彼らの内輪で殺しあってもらおうと。そうすることで、彼らとわれわれの世界は切り離される。殺し憎みあう世界と、平和な世界に
ジョン・ポールにも守りたいものがある。サラエボで妻子を亡くしたことがきっかけだね。
守りたいものとは自分が育った世界です。スターバックスに行き、アマゾンで買い物をし、見たいものだけを見て暮らす。・・・そんな堕落した世界や周りの人々を彼は愛していました。
- 自分の周りの世界だけ無事であればよくて、外側で殺し憎みあう世界があっても見なければよい
- 外側の世界で内戦がおこれば、他国と戦争する余裕がなくなる→結果、自分の周りの世界は平和
自分勝手な理屈。彼が意図的に「虐殺の文法」を流したせいで、見るも無惨なことになった国はたくさんあるのに・・・。
クラヴィスの罪と罰|ルツィアに求めた「救済」
『虐殺器官』は、最初から最後まで罪と罰に苛まれるクラヴィスが描かれています。彼の心情とルツィアに固執する理由が気になりました。
ぼくが必要としているのは罰だ。ぼくは罰してくれるひとを必要としている。いままで犯してきたすべての罪に対して、ぼくは罰せられることを望んでいる
クラヴィスにとってルツィアは、彼を罰してくれるたったひとりの人。
暗殺という重責を背負ったクラヴィスは、多くの人々の命(その中には子どももいた)を奪っても、その死にリアリティがなくて苦しんでいました。
ルツィアに罰せられることで、救われたいと思ったんだ。
彼女が撃たれたときの絶望感は半端なかったでしょうね。・・・彼を罰してくれる人はいなくなったのだから。
小説をよんだあとに、再び『虐殺器官』アニメ版をみました。
だいたい原作に沿って描かれていたよ。
「死者の国」やクラヴィスの心情は描かれていなかったから、小説を読まないとわからない部分もありますね。特にルツィアに求めていた「救済」などは・・・。
ラストを解説&考察|クラヴィスが「虐殺の文法」を広めた理由
『虐殺器官』のラストが少し分かりづらいんです。それはクラヴィスがやったことにあるのだけど。
彼は「虐殺の文法」をアメリカに広めた。内戦を起こさせるために。
なぜ自分の周りに火種をまいたのか。その理由は、自分で自分を罰することにしたからです。
ぼくは罪を背負うことにした。ぼくは自分を罰することにした
ジョン・ポールはアメリカを守るために他の国々を犠牲にしました。クラヴィスはアメリカ以外のすべての国を救うためにアメリカを犠牲にしたのです。
ルツィアがいない今、そして死んだ母の中に自分への愛情が証明されることがなかった今。心がからっぽになったクラヴィスに残ったのは「虐殺の文法」です。
ある意味、自暴自棄のような気もする・・・。心が折れちゃったのかな。