「ひかりより速く、ゆるやかに」 あらすじ・ネタバレ感想|伴名練が描く二千六百万分の一の世界
- 「ひかりより速く、ゆるやかに」 あらすじと感想文
- 2人だけの卒業式
- 二千六百万分の一の速さで進む新幹線
- 天乃に嫉妬したハヤキ
- 事故の原因
ネタバレあります。ご注意ください。
二千六百万分の一の世界
伴名練さんの小説『なめらかな世界と、その敵』の中の1話 「ひかりより速く、ゆるやかに」 感想です。
表題作 「なめらかな世界と、その敵」 も設定が斬新でしたが、「ひかりより速く、ゆるやかに」 も負けず劣らず斬新でした。
表題作 「なめらかな世界と、その敵」 よりも好き。
面白かったです。この1作を読むだけでも この本の価値はありました。
『なめらかな世界と、その敵』あらすじ
SF短編集
いくつもの並行世界を行き来する少女たちの1度きりの青春を描いた表題作。脳科学を題材として伊藤計劃『ハーモニー』にトリビュートを捧げる「美亜羽へ贈る拳銃」。ソ連とアメリカの超高度人工知能がせめぎあう改変歴史ドラマ「シンギュラリティ・ソヴィエト」。未曾有の災害に巻き込まれた新幹線の乗客たちをめぐる書き下ろし「ひかりより速く、ゆるやかに」など全6篇。
「ひかりより速く、ゆるやかに」 ネタバレ感想・レビュー
表題作 「なめらかな世界と、その敵」 は ラノベのような軽さがありました。同じ青春ストーリーだけど 「ひかりより速く、ゆるやかに」 の方が深みがあります。
低速化する異次元のSF要素と、それを目の当たりにした主人公・ハヤキの苦い思い。
ナゾの低速化現象も興味深いけど、ハヤキの気持ちにも寄り添いたくなりました。
2人だけの卒業式
「ひかりより速く、ゆるやかに」 は高校の卒業式のシーンから始まります。親族席からすすり泣きの声が聞こえる卒業式。
入学式は4クラス117名で迎えたけれど、卒業式は たったの1クラス2名。主人公・伏暮速希 (ハヤキ) と薙原叉莉の2人です。
何かの事故があったのかな。
想像をめぐらせながら読んでいたけど、思わぬ展開でした。事故は事故だったのだけれど、普通の事故ではなかったのです。
二千六百万分の一の速さで進む新幹線
ハヤキの高校での修学旅行。事件は旅行中の新幹線の中で起こります。
新幹線内で一秒経過するのに外では二千六百万秒を要していることになる。新幹線内の時間は、おおよそ二千六百万分の一になっているということだ
なぜか時間の感覚がズレてしまったのです。ちなみにハヤキはインフルエンザにより、修学旅行には行きませんでした。もう1人の薙原も欠席です。
二千六百万分の一の速さで進む時間。
もはやこれは別世界、異次元と言って良い世界です。一見、時が止まっているように見える新幹線の中ですが、少しずつ、気の遠くなるような時間をかけて進んでいるんです。
中を覗けば、たくさんの生徒たちが静止している光景。手を伸ばせば届きそうなのに、届かない。もどかしくなりました。
新幹線がホームに着いて子どもたちが降りる (現代に戻る) のはいつになるんだろう?そもそも戻れるんだろうか?
停車するのは 2700年後です。残された家族や、今を生きる人々は2700年後には誰もいません・・・。
天乃に嫉妬したハヤキ
修学旅行中の低速化した新幹線の中には、ハヤキの幼なじみ・天乃もいました。薙原の妹でもあります。
「天乃に、どんな顔して会えばいいか、もう分からなかったんだ」
天乃に会うのが気まずいから、ハヤキはインフルエンザにかかったと嘘をつき、修学旅行を休んだのです。・・・結果的には それで異空間に巻き込まれずに済んだワケですが。
ハヤキは天乃に嫉妬していた。
彼にとっては複雑な思いがあったんだね。
天乃を好きな気持ちと嫉妬と。気まずくて天乃に会いたくなかった彼だけど、こんな現象を望んでいたわけではなくて。
その思いを引きずったまま悩み生きている彼に、人間味を感じました。
事故の原因|なぜ新幹線は低速化したのか
新幹線の中は低速化したまま。ゆるやかに時間が流れる中、ハヤキは大人になっていました。教師として母校に戻ってきた彼。
母校の図書室に寄贈した叔父さんの蔵書の中からメモが見つかります。それは低速化現象の原因を推理しているものでした。
低速化は現象ではなく別の文明からの干渉ではないか。スマホ・SNSでの内部相互通信 → 高速移動する物体内の、移動とは無関係に行われる、相互の大量データ通信。
叔父さんは、大量のデータが飛び交うSNSのやりとりのために新幹線が低速になったのではないかとメモに残していたのです。
あの事故は、僕が、天乃に嫉妬したから、起こった。僕が、天乃にもう会いたくないと願ったから、起こった
事故の原因に思い至ったハヤキ。時系列にするとこうなります。
- ハヤキが天乃に嫉妬
- 彼女に会いたくないがために、インフルエンザで修学旅行を欠席
- 天乃の気づかいで、クラスメイトたちは 欠席しているハヤキのためにSNSで大量の写真と文章を流した
- 結果、大量のデータが飛び交うSNSのやりとりが起こり、新幹線は低速化した
ハヤキが欠席しなければ大量のデータが飛び交うことはなかったかもしれないけど・・・。
責任を感じる彼が可哀想になる。
「ひかりより速く、ゆるやかに」 結末はどうなる?
「ひかりより速く、ゆるやかに」。二千六百万分の一の速さで進む新幹線の扉は開くのか。
もしも助け出されたら、生徒たちは不思議な気分になるんだろうな。浦島太郎のような・・・。
最後のハヤキがカッコよかったです。自分が天乃とともに同じ時間を歩むよりも、彼女を大切に思う姉の薙原に天乃と再会してほしいと願う。
ステキなラストだった。