『なめらかな世界と、その敵』あらすじ・ネタバレ感想文、解説|平行世界を移動!?|伴名練
- 『なめらかな世界と、その敵』あらすじと感想文・解説
- タイトルの意味と無限の平行世界
- 乗覚障害者・マコト
- 逃げ続けた先にあるもの
- 葉月の決断
ネタバレあります。ご注意ください。
パラレルワールドの自分を体験できたら?
伴名練さんのSF小説『なめらかな世界と、その敵』表題作のレビューです。面白くて一気に読みました。
ポンポン切り替わる世界 (意識) にはギョッとしたけど、設定が新鮮。
瞬時に切り替わる世界に圧倒されたよ。
SFの世界観はインパクト大ですね。内容はSFというより青春ストーリーです。読みやすいけど、じゃっかん軽かった・・・。
『なめらかな世界と、その敵』あらすじ
並行世界を行き来する少女たち
いくつもの並行世界を行き来する少女たちの1度きりの青春を描いた表題作。脳科学を題材として伊藤計劃『ハーモニー』にトリビュートを捧げる「美亜羽へ贈る拳銃」。ソ連とアメリカの超高度人工知能がせめぎあう改変歴史ドラマ「シンギュラリティ・ソヴィエト」。未曾有の災害に巻き込まれた新幹線の乗客たちをめぐる書き下ろし「ひかりより速く、ゆるやかに」など全6篇。
『なめらかな世界と、その敵』ネタバレ感想・解説
表題作 「なめらかな世界と、その敵」。世界観がすごかったです。いくつもの世界を移動できる少女たちの青春ストーリー。
パラレルワールドの自分を体験できたら?
様々な仕事についている自分。大切な誰かが死んでいない世界。嫌なことからずっと逃げ続けられる人生。
無限の世界にいる自分に意識を移動できて、それが可能になった世界が描かれていました。スマホのスワイプのような感覚で、瞬時に切り替わるんです。
まさにユートピア。
でも逃げ続けることで得るものはなんだろう。それによって、大切なものがこぼれ落ちはしないかと不安になりました。
タイトルの意味と無限の平行世界
タイトル 「なめらかな世界」 というのは、無限の平行世界を意識移動できる人々の世界を指しています。そして 「その敵」 とは、平行世界を意識移動できない人 (乗覚障害者) のこと。
ここに出てくる登場人物たちは1部の人を除き、パラレルワールドを意識移動できる能力が備わっていました。
うちらは、無限に種類があるトランプの上を、行ったり来たりしてる
無限にあるトランプは平行世界 (パラレルワールド) です。こっちの世界では働いている自分が、あっちの世界では学生だったり・・・。それぞれの世界に自分が存在します。
意識が移動出来るってことは、色んな可能性の自分を体験できるんだね。
なかなか面白い設定。パラレルワールドでの意識移動とか、あまり読んだことなくて新鮮でした。
『シュタインズ・ゲート』のオカリンが体験するリーリングシュタイナー能力に似ているのかな。
ゲーム、アニメ、小説・・・と出ている『シュタインズ・ゲート』を連想しました。
パラレルワールドにいる自分に自由自在に意識を移動できる。しかも瞬時に、です。自分の可能性が広がりますね。
イヤなことがあったら、すぐ逃げ出せる。例えば、大切な人が死んでしまった世界から生きている世界へ移動できるわけです。
ある意味、理想郷・・・。
でも中には、意識移動が出来ない人も存在しました。マコトや一陣修輔のような、乗覚が正常に働かない乗覚障害を患った人です。
乗覚障害者・マコト
無限の平行世界を移動するには、「乗覚」 が正常に働かなければなりません。それが正常に働かない人・乗覚障害者もごく1部存在しました。
主人公・架橋葉月の友だち・厳島マコトです。
乗覚障害になれば、全ての「逃げ」が不可能になる
周りの人みんなが平行世界を移動できるけど、マコトはできない。嫌なことがあっても、その世界から逃げ出すのが不可能になります。
私にとってはマコトのような乗覚障害者の方が普通なんだけど、この世界では異質なんだよね。
周りが 「逃げる」 ことができる中で彼女のような人だけができない。マコトの気持ちを思うとやるせなくなりました。
みんな、いつでも、別のわたしに乗り換えることができるからな
周りの人は、もしもこの世界にいるマコトとソリが合わなければ、この世界を捨てて別の世界にいるマコトと接することができるんです。
でもマコトは移動が出来ないから、この世界で生きていかなければなりません。みんなは普通に接してくれるけど本心はわからない・・・。
なめらかな世界は彼女のような乗覚障害者には厳しい世界かも。
この世界での自分をずっと見ていてくれる人は存在しない。
でもこれはマコトのような乗覚障害者だけに言えることではなく、この世界でいう健常者たちも同じなんですよね。
うわべだけのつき合い。・・・ちょっぴり切なくなりました。
逃げ続けた先にあるもの
『なめらかな世界と、その敵』を読んでいると、江國香織さんの小説『落下する夕方』の華子を思いました。華子は嫌なことから逃げてばかりの女性です。
逃げ続ける人生って、どうなの?
時には逃げるのも必要だけど、逃げ続けるのは楽じゃないよね。
嫌なことから逃げ続けた華子は、最後に自らの命を絶ってしまいます。それを思うと悲しくなりました。
『なめらかな世界と、その敵』も、イヤなことがあったら簡単に逃げることができてしまうんですよね。
葉月の言葉に絶句しました。
そうか。交通事故で四年前にお父さんが亡くなった、そんなこともあったかなあ
そんなこともあったかなって・・・。すぐにお父さんがいる世界に切り替わったりするのですが、ちょっと軽い。この世界では死生観も希薄になるのか。
希薄な死生観、希薄な人間関係・・・。
逃げ続けた結果、大切なものがこぼれ落ちてしまいそうな気がしてモヤモヤしました。
葉月の決断|共感したラスト
ラストはとても良かった。葉月は自ら 「乗覚」 を捨て、マコトのいる世界に留まることを選択します。
葉月にとって、この世界のマコトは大切な友だちなんだね。
大切な人とは深くつき合いたい。好きな面も嫌いな面もあったりするけど、全部ひっくるめて見て欲しいし見ていてあげたい。
最後の葉月の決断に共感しました。逃げ続けても良いけど、いつかは向き合わないとね。