『正体』ネタバレ感想文・あらすじ|切ない結末を解説|染井為人
- 『正体』あらすじと感想文
- 鏑木慶一の脱獄488日と時系列
- もしも身近な人が凶悪犯だったら?
- 離ればなれになった恋人
- 鏑木慶一が脱獄した理由
- 切ないラスト
- 鏑木慶一の「正体」とは?
ネタバレあります。ご注意ください。
彼は本当に罪を犯したのか?
染井為人さんの小説『正体』読書感想です。初めて読む作家さんでした。読みやすくて、めちゃめちゃ面白かったです。ほぼ一気読み。
ドラマ化されたよね。
WOWOWにて連ドラです。主演は亀梨和也さん。・・・確かにこれはドラマ向きな作品かもしれません。
『正体』あらすじ
少年死刑囚の脱獄488日
埼玉一家惨殺事件の犯人が脱獄する。その極悪非道な男は未成年の死刑囚であった。24時間フル稼働する東京オリンピック施設の工事現場、新興宗教に縋る主婦たちが働く山形のパン工場、介護者の人手不足に喘ぐ千葉のグループホーム。日本の今を転々と逃亡、潜伏する彼の本当の目的は何か?
少年死刑囚・鏑木慶一の脱獄488日と時系列について
『正体』は、少年死刑囚・鏑木慶一の脱獄488日を追った物語です。でも視点はその少年じゃなくて、彼と関わった人々で描かれているのが目を引きました。
連作短編のような感じで進んでいくよ。
本の目次と、それぞれの章で描かれた人々の視点をまとめると・・・、
高校三年生の酒井舞(グループホーム『アオバ』で働く前
四方田保(グループホーム『アオバ』社員)
野々村和也(牛久保土木のアルバイト)
安藤沙耶香(株式会社メディアトレンダーズの社員)
渡辺淳二(旅館住み込み労働者)
近野節枝(工場のパート)
酒井舞(グループホーム『アオバ』介護士)
酒井舞(グループホーム『アオバ』を辞めた後)
酒井舞
時系列が少しだけバラけているんですよね。鏑木慶一がグループホーム『アオバ』で働くことになった第1章は「脱獄から455日」。
その後の章は「脱獄から33日」となり、時が戻っています。第2〜5章は、彼がグループホーム『アオバ』で働くことになるまでの過去が描かれていました。
『正体』ネタバレ感想文|彼は本当に罪を犯したのか?
続きが気になり、読むと止まらなくなった『正体』。一番気になったのは、彼は本当に罪を犯したのかです。
めちゃめちゃ良い人なんですよね、鏑木慶一。出会う人、出会う人、みんな彼に好感を抱くのがわかるくらいに。・・・そして疑問がわくんです。
彼は犯人ではなくて、冤罪なんじゃないかと。
それか、何かの思惑があって良い人のフリしているだけか。
一番知りたい鏑木慶一の心情が描かれてないから想像がふくらみました。もどかしいけど、こういう描き方は上手いですね。彼を軸にして、周りの人々の視点で描かれた小説です。
鏑木慶一の視点での『正体』も読んでみたいと思ったよ。
もしも身近な人が凶悪犯だったら?
名前を変え、変装した鏑木慶一と関わることになる人々の心境が揺れ動く。その描写に苦い思いを味わいました。
なあベンゾー。おまえなのか? おまえ、鏑木慶一なのか? おまえ、人を殺したのか?
脱獄から33日、ベンゾー(遠藤雄一)として牛久保土木のアルバイトをしていた鏑木慶一。気づいたとき、最初はみんな半信半疑で、でも彼が脱獄した死刑囚だと確信するんです。
周りの人々の心境を読んでいたら、薬丸岳さんの小説『友罪』を連想しました。
もしも身近な人が凶悪犯だったら?真実を知ったとき、それでも友達でいられるのか。
『友罪』は、なかなか深いテーマを扱った小説です。違う展開だけど、『正体』で描かれた人々の心境が『友罪』を思わせる。
周りの人々の視点を通して、鏑木慶一が何を考え行動しているのかを知りたくてウズウズしました。
今現在の彼だけを見るなら、とても好少年。でも過去は切っても切り離せないものです。過去になしてきたことが現在の自分を形作っているのだから。
刑が確定していて、まさか冤罪だなんて考えないよね。
このとき、世間ではやはり鏑木慶一は凶悪犯なんです。最後まで読み終わってみると、そのことがとても悲しく思えました。
離ればなれになった恋人|救われたシーン
鏑木慶一が脱獄して逃亡する中で救いを感じたシーンがあります。
3章で描かれた「脱獄から117日」。少しの間、那須隆士として安藤沙耶香と暮らしたことです。
救いを感じたのは、後の章を読んでからなんだ。
4章から後に、鏑木慶一が沙耶香のことを話している文章が出てきます。少し前、彼女とは離ればなれになったこと。そして、
「ぼくには好きな人がいるんです」
沙耶香と暮らしていたときは彼の気持ちがよくわからなかったけど、彼女を思う言葉を聞いて心が安らぎました。
自分の気持ちを言葉にするのって大切。
辛い逃亡生活の中にも幸福を見いだせていたのですね。一緒に見てたドラマの最終回を2人で見たいという願いは叶わなかったけど・・・。
切ないラスト|鏑木慶一が脱獄した理由とは
鏑木慶一は、なぜ脱獄して逃げ回っているのか。それには理由がありました。
真実を知る井尾由子(遺族)に会って、自分の無実を証明するためです。
どうやら、彼は冤罪らしい。・・・というのは、最後まで真相が断定されないまま終わるんですよね。
記憶があやふやになっていた由子は、検察の言うまま鏑木慶一が犯人だと証言してしまうのです。彼女はずっとそのことで苦しんでいたと最後の方でわかるんだけど・・・。
冤罪だったらシャレにならないよ。やってもいない罪で死刑判決なんて・・・。
『正体』での警察の描かれ方が、ちょっぴりひどくて違和感ありまくりです。警察や司法の闇を示唆する展開。警察ってこんなに無能ではないと思うけど。
鏑木慶一のラストが切なすぎて、あぜんとしてしまいました。
やむなく舞を人質にとって立てこもった鏑木慶一は、突入した警官に射殺される。
あまりにも救いがなくてびっくりです。冤罪の末の死刑判決、果ては射殺・・・!?
最後の最後に、脱獄してから彼と関わった人々が鏑木慶一の無罪判決をめぐって裁判をおこしたのは救いなのかもしれません。
彼はもういないのだけど。
鏑木慶一の「正体」とは?
救いがなさすぎるラストは賛否ありそうだけど、全体的には面白かった『正体』。読後に鏑木慶一という人の正体について思いを馳せました。
彼の本当の姿とは何か。彼の何が真実なのか。
私も各章の登場人物たちと同じで、脱獄してからの鏑木慶一しか知りません。グループホーム『アオバ』での働きぶりや、周りの人々に対する接し方などを読んでいると悪人にはみえないんですよね。
- 和也に対しての示談金や平田の見舞金を牛久保土木から出させた
- スキー場で遭難した亜美の捜索
- 救心会が悪徳宗教であることを突きとめた
心情が描かれてないからこそ、彼のなしてきた行動から「人となり」を知ろうとします。彼は他人のために行動する人でした。・・・これが鏑木慶一の正体で本当の姿なんだと。
めちゃめちゃ良い人じゃん。
もしも彼の心情が描かれていたら、こんなに気になる人物にはならなかったかもしれませんね。