『天上の葦 上下』あらすじ・ネタバレ感想文|真実を伝えられない不自由|太田愛
- 『天上の葦』あらすじと感想文
- メディアと言論の自由
- 絡み合う2つの事件
- 戦争を生き抜いた正光と白虎
- 真実を伝えられない不自由
- 正光が指したもの
ネタバレあります。ご注意ください。
老人はあの空に何を見ていたのか―。
太田愛さんの小説『天上の葦 上下』感想です。『犯罪者 上下』『幻夏』に続く相馬亮介、繁藤修司、鑓水七雄の3人トリオシリーズ。
今回は鑓水にスポットが当たっていました。
めちゃめちゃ面白かった。やっぱり太田さん、天才だ。
このシリーズはどれもハズレなく面白い。登場人物の3人が魅力です。
『天上の葦』あらすじ
老人はあの空に何を見ていたのか―
白昼、老人は渋谷の交差点で何もない空を指して絶命した。死の間際、老人はあの空に何を見ていたのか―。興信所を経営する鑓水と修司のもとに不可解な依頼が舞い込んだ。彼らは渋谷で死んだ老人の真相を突き止めることに・・・。その頃、刑事の相馬は 姿を消した公安警察官の捜索を極秘裏に命じられるのだった。2つの事件がひとつに結ばれた先には、社会を一変させる犯罪が仕組まれていた。鑓水、修司、相馬の3人が最大の謎に挑む。
『天上の葦』ネタバレ感想文
太田愛さんの小説は面白い。『犯罪者』『幻夏』そして本作『天上の葦』と順番に読んできました。どれもハズレません。
『天上の葦』のテーマは、メディアと言論の自由。
現代では想像もできない過酷な時代を生き抜いてきた正光と白虎の苦い思いが描かれています。なかなか深い小説でした。
メディアと言論の自由
『天上の葦』はミステリーを絡めながら戦争を背景に、メディアと言論の自由について書かれた小説です。
真実を伝えることが叶わなかった時代を生きた人々の思いが胸に刺さりました。
そんな時代もあったんだよね。
現在はSNSなども主流になっているから、誰でも自分の意見を自由に発信できる。それが真実かは別としても。
でも戦時中は違った。メディアや新聞は真実を伝えるものなのに、それが出来なくて情報が国に操作されていた・・・。
真実を報道できない不自由。その時代を生き抜いた登場人物の思いが辛かったです。
絡み合う2つの事件
興信所の鑓水・修司の元に舞い込んだ依頼と、相馬刑事の元に下った捜索。2つの事件が、やがて1本の線に繋がります。
興信所に依頼した人物には過去の因縁がある人だった。
『犯罪者』に登場した大物政治家・磯辺満忠からの依頼です。因縁の相手・・・。でも依頼内容の方が謎すぎて気になりました。
渋谷の交差点で何もない空を指さして亡くなった老人・正光は、何をさしていたのか。
この辺りミステリー感があるね。
戦争を生き抜いた正光と白虎
上巻は鑓水・修司&相馬の捜査が続き、上巻の後半から下巻にかけては曳舟島でのシーンが描かれています。
消えた公安警察官・山波と、正光と親しくしていた白虎という人物を追いかけて、3人は砲台の島・曳舟島へ。そこで白虎探しを始めます。
白虎はあだ名なんだけど、誰なんだろう?
謎解きみたいな感じで面白かったです。曳舟島では、正光の過去と白虎の繋がりが明かされました。喜重と名乗る老人の言葉が胸に刺ささります。
「正光と私は、あの戦争で数えきれないほどの子供たちを死に追いやったのです」
喜重こそが白虎だった。喜重はかつて新聞記者でした。
大本営海軍報道部の軍人であった正光は、報道を検閲する側の人間。言わば、真実を闇に葬る側です。
報道する側の人間と、報道を検閲する側の人間。
どちらも子どもに関わっている職業だね。
相反する2人に見えますが、彼らは共通の思いで繋がっていました。真実を伝えたいということです。
真実を伝えられない不自由
終戦後、正光と喜重は別々の道を歩むことになります。正光は産婦人科医に、喜重は学校の先生に。
戦時中、真実を報道できずに子どもがたくさん犠牲になったこと。もし真実を伝えていたなら、こんなに犠牲になることはなかったのではないかという苦い思い。・・・それは切実でした。
誰の目にも明らかな現実が目の前にあっても、新聞はそれを報じることができなかった。
着たいものを着る自由、食べたいものを食べる自由、読みたいものを読む自由。気づいた時には誰も何も言えなくなっていた
誰も何も言えない不自由・・・。今は想像できないけど、確かにそんな時代もあったんだと気づきました。
同じ過ちを犯そうとしているメディアを阻止するために、正光と山波はそれぞれ行動をおこしたのです。鑓水や修司、相馬も彼らを追ううちに真実に行きつく。
前島たちの標的は報道そのものであり、そのために立住の一生を見せしめにするつもりなのだ
山波の上司・前島らが仕組み、ジャーナリストの立住に罪をきせようと画策する。標的は報道そのものです。
メディアは真実を伝えるもの。誰かの都合の良いように操作されるというのは恐ろしいことだね。
鑓水たちは何としても前島らの思惑を阻止しようと動く。後半の展開がドキドキでした。
鑓水は前島たちに捕まってしまいます。絶対絶命と思ったその瞬間・・・。
正光が指したもの
正光が最期に指したものは、正光と喜重がかつて目にした青空。子どもたちが自由に話し、笑う光景でした。
敗戦後、東横百貨店の屋上にできた子供用の遊覧ロープウェイ。空を見上げると、子どもたちの明るく潑剌とした声が響き渡っていたのです。
「あの子供らには自由がある。思ったことを口に出して話す自由、悲しい時に声を上げて泣く自由、おかしい時には腹の底から笑うこともできるんだ」
現代に生きている私にはごく普通の、当たり前の光景です。でも戦争を生き抜いた彼らには、それが当たり前ではなく尊いものだった。
今ある幸せを大切にしないといけないね。