『だから殺せなかった』ネタバレ感想文・あらすじ|切ない結末とタイトルの意味|一本木透
- 『だから殺せなかった』あらすじと感想文
- 新聞記者vs連続殺人犯・ワクチン
- メディアのあり方
- 書かなかった言葉と真実
- タイトルの意味
- どんでん返しの結末&犯人の正体
ネタバレあります。ご注意ください。
連続殺人犯VS新聞記者
一本木透さんの小説『だから殺せなかった』読書感想です。メディア(新聞社)と劇場型犯罪を扱ったミステリー小説。けっこうリアル感があってグサッときました。
- 売上が伸び悩む新聞社
- メディアのあり方
- 書かなかった言葉
なかなか深かった。
果たして言葉で犯罪は止められるのか。中盤から後半にかけては、続きが気になり一気に読みました。
『だから殺せなかった』あらすじ
ドキドキの劇場型犯罪!
「おれは首都圏連続殺人事件の真犯人だ」大手新聞社の社会部記者に宛てて届いた一通の手紙。そこには、首都圏全域を震撼させる無差別連続殺人に関して、犯人しか知り得ないであろう犯行の様子が詳述されていた。送り主は「ワクチン」と名乗ったうえで、記者に対して紙上での公開討論を要求する。「おれの殺人を言葉で止めてみろ」。連続殺人犯と記者の対話は、始まるや否や苛烈な報道の波に呑み込まれていく。果たして、絶対の自信を持つ犯人の目的は―。
『だから殺せなかった』ネタバレ感想文|メディアと劇場型犯罪
『だから殺せなかった』は、メディア(新聞社)と劇場型犯罪を扱った小説です。ほとんどがデジタル化されている今、紙の新聞の需要がなくなりつつあるのがリアルに描かれていました。
- 売上が伸び悩む新聞社
- メディアのあり方
主人公は一本木透、太陽新聞社の記者です。・・・著者名と同じ名前にしてるんですね。なぜかはわかりませんでした。
まるで本当の記者が描いたような視点がすごかったです。落ち込む新聞の売上や、メディアのあり方などを考えたくなる内容。
劇場型犯罪シーンもハラハラしたよ。
劇場型犯罪小説で思い浮かべたのが、雫井脩介さんの『犯人に告ぐ』です。
『犯人に告ぐ』はニュースを通して犯人とやり取りする刑事が描かれていました。『だから殺せなかった』は新聞を通して、主人公と犯人(ワクチン)がやり取りをします。
2つとも違う雰囲気だけど面白かった。
新聞記者VS連続殺人犯・ワクチン|回復した新聞の売上
無差別殺人と思わせるような事件が3つ、立て続けに起こります。そして太陽新聞社の記者・一本木透宛に犯人から手紙が届く・・・。
おれは人間をウイルスと定義する。それを退治するワクチンがおれだ
犯人はワクチンと名乗っていました。ここから主人公と犯人の紙上討論が始まります。
ニュースでやり取りをした『犯人に告ぐ』と比べて紙面上でのやり取りだから地味・・・と思いきや、これが面白いんですよね。自分勝手で自己中な犯人だけど、頭が良さそうな雰囲気をかもしだしていました。
紙上討論が面白かった。低迷していた新聞の売上が回復したのは皮肉だけど。
言葉で犯人を諭すように語りかけ、次の犯行を防ごうと試みる一本木記者。真剣な姿に好感が持てました。
新聞社の上の人たちは、紙上討論を利用して有料会員を増やそうと画策するんですよね。・・・このあたり、リアルです。
メディアのあり方|社会正義をつらぬいた一本木
社会正義を貫くことで愛する人を失った一本木記者。かつて彼が記事にしたのは、恋人の父親の汚職でした。
スクープの代償は、未来の家族。
たった一人を救うために真実を報道しない選択肢もあったけど、彼は真実を報道したんだ。
あの時どうすれば良かったのか、今でも悩む主人公を見ていると胸が痛みました。真実を伝えれば傷つく誰かがいて。でも社会正義のためには書かなければいけないんですよね・・・。
《もう輪転機が回ってる》
諦めにも似た、一本木記者のひとことが印象的だった。
「これで本当によかったのか、データに間違いはなかったか、一点の曇りもなかったか、だれかを傷つけはしていないか」
回ってる輪転機を見ると、後戻りできないと未練が吹っ切れると・・・。特ダネを出稿したあとも最後まで悩む彼に温かみを感じました。
この世界で一番確かなこと|書かなかった言葉
記者が書かなかった「ことば」にこそ真実が眠っているのかもしれません。
「ことば」をあやつる新聞記者(メディア)は、すべてを伝えるわけではないこと。
この世界で一番確かなことは、目にみえない―
これはニューヨーク・サン新聞の社説に掲載されたものです。本書でも絵本『サンタクロースっているんでしょうか?』にふれていました。
愛情や感情など、目にみえないものを「ことば」で表せれば良いけど、そうもいきません。表せないものが確かにあるんですよね。
この世界で確かなことは、目にみえないものだったりするんだ。
かつて一本木記者が書いた実体験記事「シリーズ犯罪報道・家族」。そこには意図して書かなかった、イヤ、書けなかった真実がありました。
一本木記者と恋人の間にできた子どものことです。彼は子どもを捨てた父親だということ。
どこまで書くか、書かないか。
傷つく自分や他人がいるから、あえて書かないこともあるんですね。真実はことばの向こう側にありました。
リアルな記者目線で描かれた『だから殺せなかった』は、主人公を通してメディアのあり方も考えたくなる小説です。
タイトルの意味が切ない!どんでん返しの結末&連続殺人犯ワクチンの正体
『だから殺せなかった』タイトルの意味が切なかったです。最後まで読んで、この言葉が胸にしみました。
- 一本木記者のかつての恋人が語った「殺せなかった理由」
- 犯人が語った「殺せなかった理由」
ふたつの「殺せなかった理由」が描かれていたよ。
後半、一気に種明かし&タイトルの意味も明かされてどんでん返しの結末です。
- 一本木記者の子どもは陽一郎(ワクチンが自分の息子として育てた子ども)
- ワクチンの最終的なターゲットは一本木記者(陽一郎を捨てたため)
- ワクチンの正体は陽一郎の育ての父親
たとえどんな理由があれども、人を殺めてはいけません。「殺せなかった理由」を読んで、殺さなくて良かったとホッとしました。
恋人が語った「(お腹の子を)殺せなかった理由」
一本木記者のかつての恋人・琴美が「(お腹の子を)殺せなかった理由」に、胸をなでおろしました。
私とあなたが、あの村の保育所で出会ってから、ずっと一緒に過ごしてきた時間の証が、この子なのだから
一本木記者の回想シーンです。その後、琴美とは別れ、子ども(陽一郎)は生きてはいるけど不明のまま・・・。
物語の中盤にこんな文章がありました。
「罪」とは何か。刑法に触れる悪事だけだろうか。だれしも自分だけが知っている罪悪を背負って生きている。罪は人の数だけある
子どもを捨てたことが一本木記者の裁かれない罪。
最後まで自分の子どもが陽一郎であることに気づかず物語は終わります。その後の未来を想像したくなりました。
犯人が語った「(一本木記者を)殺せなかった理由」
連続殺人犯・ワクチンが語った「殺せなかった理由」が切なかったです。ワクチンが一本木記者を殺そうとしたシーンがありました。でも実行できなかった。
暗闇の中、街灯の下に浮かんだ彼の顔が、陽一郎にそっくりだったからだ
血が繋がった陽一郎の本当の父親ですからね、一本木記者は。陽一郎のことを思えば、育ての親であるワクチンは彼を殺せるわけがないのです。
それなら最初から罪をおかすなよ・・・。
子どもが悲しむのに犯行に及んだワクチンの心情が今ひとつ理解できませんでした。だから、なんかしっくりこない・・・というのが正直な感想です。
『だから殺せなかった』は、罪とメディアについて考えたくなる小説
『だから殺せなかった』好みは分かれそうだけど、メディアのあり方や裁かれない罪について深く描かれた小説でした。
作者の一本木さん、記者経験ある?ってくらいリアル感があるんですよね。
メディアのあり方が興味深かったよ。ラストは一気読みだった。