『幻夏』あらすじ&ネタバレ感想文・解説|冤罪と司法の闇|太田愛

- 『幻夏』あらすじと感想文
- 「冤罪」に見る司法の闇
- 誘拐事件と冤罪事件
- 泣いたシーン
- 壊れた家族と失われた時間
- タイトルの意味
ネタバレあります。
あの夏、本当は何が起こっていたのか。
太田愛さんの小説『幻夏』感想文です。前作『犯罪者』に続きシリーズ2作目。めちゃめちゃ面白いですね。太田さん、天才?
『幻夏』は相馬刑事にスポットが当たっています。

泣いた。・・・号泣だった。
『犯罪者』を読んでから本作『幻夏』を読むのがおすすめです。


『幻夏』あらすじ
テーマは「冤罪」
12歳の夏、少年は川辺の流木に奇妙な印を残して姿を消した。23年後、刑事となった相馬は、少女失踪事件の現場で同じ印を発見する。相馬の胸に消えた親友の言葉が蘇る。「俺の父親、ヒトゴロシなんだ」あの夏、本当は何が起こっていたのか。今、何が起ころうとしているのか。人が犯した罪は、正しく裁かれ、正しく償われるのか?
『幻夏』ネタバレ感想文
『幻夏』を読んで、理不尽で悲しくなりました。
苦いんです。・・・後味が苦くても面白いのだけど。「冤罪」はここまで多くの人の人生を狂わすのですね。
全ての元凶は、尚の父親が冤罪事件に巻き込まれたこと。そこから歯車が狂いだすのです。

ナオ・・・(泣)。
こんな大人びた小学生はいないと思いながらも、彼が愛おしくてたまらなくなりました。太田さんが描く登場人物に感情移入してしまう。・・・さすがです。
テーマ「冤罪」と司法の闇

「十人の真犯人を逃すとも、一人の無辜を罰することなかれ」
刑事裁判の原則を示す法格言には、このような言葉があるようですね。
無辜(むこ)とは「罪のないこと」の意味。10人の犯罪者を逃しても、1人の無罪を罰しない。罪のない人を罰してはいけない、冤罪は許されないということを含んだ格言。
『幻夏』テーマは「冤罪」です。法格言があるにも関わらず、それは機能してなくて冤罪は起こってしまう。
本書の登場人物・尚と拓の父親が逮捕されて有罪になり、8年服役した後に無実だったとわかる。・・・その8年間をどうしてくれるのか。
無理やり自白に追い込もうとする警察の取り調べ、アリバイ証人がいたのに無視した検察に憤りを感じました。

腹立たしいのは、『幻夏』で描かれている警察も検察も誤ちを決して認めないことだ。
司法の闇ですね。警察や検察は適正に捜査が行われたと言い張り、絶対に誤ちを認めない。
無実の罪を着せられた人間は、仕事や信頼や、それまでの人生で手に入れて来たものを何もかも失うんだぞ。人をそんな目に遭わせて誰も責任をとらなくてすむなんて、どう考えてもおかしいだろ
修司の言葉通りに、私も理不尽な気持ちになりました。もしも、尚と拓の父親・柴谷哲雄の冤罪事件がなければ、この一家は違った人生を送っていたはずだから。
誘拐事件と過去の冤罪事件
前作『犯罪者』でフリーライターだった鑓水は怪しげな探偵に、修司は鑓水の事務所でアルバイトをしていました。相馬刑事は交通課へと異動しています。

この3人、味があって良いなぁ。今回は相馬刑事の過去にスポットを当てたストーリーだよ。
小学生の頃、相馬亮介が出会った兄弟・尚と拓。楽しかったひと夏の思い出だけど、尚が失踪したことが相馬の胸には苦い思い出として残っていました。
あの夏から23年。鑓水の元に尚の捜索依頼が舞い込みます。そして同日、誘拐事件が発生しました。
誘拐されたのは、元最高検察庁次長検事・常盤正信の孫娘・常盤理沙。尚の行方を追う鑓水と修司、相馬ですが、そのうちに誘拐事件との接点が見つかります。
尚の父親・柴谷哲雄の冤罪事件に関与した3人の人間が、常盤理沙誘拐事件の関係者となっていること。
- 被害者の祖父・常盤正信(哲雄に無実の罪を着せた検事)
- 捜査の指揮官・岡村武彦(哲雄に無実の罪を着せた刑事)
- 容疑者の父・寺石憲一郎(哲雄に有罪判決を下した裁判官)

これは偶然じゃないよね。
冤罪だった柴谷哲雄は亡くなっているから、妻の香苗が犯人?・・・と推理をめぐらせながら読みました。
泣いたシーン|考えたくなる「もしも」

後半、泣きました。香苗の元にマスカットの載った丸いケーキが届けられたところと、もう一つ。相馬と尚が話すシーンです。
「もしあの時、俺が引っ越しの話をしなかったら……」
「過去に関する『もし』は、全部、起こらなかったことだ」
尚の言葉に涙があふれてきて止まりません。『幻夏』を読んでいると、「もし・・・だったら」と考えずにはいられないんです。
もし柴谷哲雄の無実が冤罪になる前に証明されていたら。もし彼が死んでいなければ・・・。きっと尚と拓に、もっと明るい未来が待っていたはず。
彼らのひと夏の描写が輝いていたから、もう取り戻せない時間を思うと切なくなりますね。胸が締めつけられました。
壊れた家族と失われた時間
全ては尚と拓の父親の冤罪事件から狂いました。
それがなければ、尚も失踪せず、拓も狂わず、常盤理沙誘拐事件も起こらなかった。相馬と尚も、こんなかたちで再会することはなかったのではないか。

冤罪は全てを失うんだ。
服役していた8年間だけじゃなく人生の全てです。本人だけでなく、周りの人々の人生をも狂わせる。
「十人の真犯人を逃すとも、一人の無辜を罰することなかれ」
この格言、尚の家族を見ていると身に染みます。やり切れない思いが胸いっぱいに広がりました。
そして当時の検察、検事、裁判官は「全て適正に行われた」と非を認めない・・・。

『犯罪者』を読んだ時も苦味が残ったけど、『幻夏』も苦いや。
タイトル『幻夏』に込められた意味(思い)を解説|尚と拓、亮介の幸せなひと夏
タイトル『幻夏』からは、切なさが伝わってきました。もう取り戻すことはできない儚くて尊いひとときです。
尚と拓と亮介の3人で秘密基地で過ごしたり、お互いの家に遊びに行ったり・・・。
確実に存在していた時間なのに、全てが壊れてしまった今思うと幻のように思えてしまう。
そんな切なさが『幻夏』には込められているような気がしました。
尚や拓、彼らの母・香苗にとっても1番幸せだったあの頃。でもそれが父親の冤罪事件で壊れてしまうのです。

タイトルに哀愁を感じる。
「もしも」と、また想像しました。もしも冤罪事件が起こらなければ・・・。
亮介と尚と拓はもっと多くの思い出を作っていたに違いない。夏だけでなく、秋も冬も春も。大、大、大親友になっていて、ひょっとしたら鑓水や修司とも仲良しになっていたかもしれません。

そんな未来を見てみたい。


