「夜行の冬」あらすじ・ネタバレ感想文『竜が最後に帰る場所』恒川光太郎のパラレルワールド
- 『竜が最後に帰る場所』より「夜行の冬」あらすじと感想
- 「風の古道」を思わせる魅力的な異世界
- 「夜行」の先にあるもの
- 歩き続ける理由
- ピリッとするラスト
ネタバレあります。ご注意ください。
ただ次の場所へ行くのが面白いから歩いているのさ。
恒川光太郎さんの小説『竜が最後に帰る場所』より「夜行の冬」感想です。5つの短編集の中のひとつ。
好きだなぁ、この空気感。
最初の2つ「風を放つ」と「迷走のオルネラ」はいつもの恒川さんと違う雰囲気でした。3つ目「夜行の冬」からは恒川ワールド炸裂。めちゃめちゃ好きです。
『竜が最後に帰る場所』より「夜行の冬」のレビューだよ。
恒川さんの「風の古道」が好きな人は、きっと「夜行の冬」も好きになります。おすすめの1話。
『竜が最後に帰る場所』あらすじ
しんと静まった真夜中を旅する怪しい集団。降りしきる雪の中、その集団に加わったぼくは、過去と現在を取り換えることになった― (夜行の冬)。古く湿った漁村から大都市の片隅、古代の南の島へと予想外の展開を繰り広げながら飛翔する5つの物語。日常と幻想の境界を往還し続ける短編集。
「夜行の冬」ネタバレ感想|幻想的なホラー・ファンタジー
短編「夜行の冬」は、幻想的でちょっぴり怖いパラレルワールドを扱ったお話。
この世のものではない《夜行様》に ついて行く人々の気持ちがわかってしまう。
もしも真冬の夜中にシャランという鈴のような音がきこえたら、私もついて行くかもしれません。怖いけど惹かれる魅力が恒川さんの物語にはあるんです。
夜行様が歩く冬の夜|「風の古道」を思わせる魅力的な異世界
主人公はひとりの男。12月の真夜中、部屋で本を読んでいた男は鈴のような音を聞いたのです。
シャランという鈴のような音と、雪を踏む音、少しくぐもったがやがやとした話し声。そうしたものが混ざり合った気配。気のせいではなかった。ああ、《夜行様》だ、と思った
《夜行様》・・・。妖怪のようなこの世ならぬものだ。
以前に読んだ短編「風の古道」を連想しました。
恒川光太郎さんの『夜市』に収められている1話で、とても好きなストーリーです。怖いけど美しく感じる異世界に行ってみたくなるんですよね。
「夜行の冬」もあの雰囲気を漂わせる物語でした。魅力的な異世界、そしてある種の怖さがあります。
《夜行様》というのは、ガイド役の女の人を指しているのかな。
この世ならぬ存在の彼女の後ろに人間たちが続いて 一晩を歩き続ける。
「夜行」は真冬だけ体験できるものです。行列の後ろにはこの世ならぬ者がついてきていました。
闇の中に無数の佇むもの。歩き疲れた脱落者を狙っていて、闇の中に取り込もうとしています。闇の中に取り込まれると、その人は命を落とすのか消えてしまう。「夜行」は危険を伴うものでした。
「夜行」の先にあるもの|パラレルワールド
「夜行」の先には違う自分が待っています。
ガイド役の女性について行って次の町に行くと何かが変わる。お嫁さんがいたり、仕事が変わっていたり・・・。
パラレルワールドですね。町に辿りつくたびに、いろんな人生の結果を見ることができる。
シュタゲ(アニメ)で言うところの世界線移動だ。
いろんな自分になれる! ・・・初めは魅力に思ったけど、結局のところ自分は自分のまま。自分以外の何者かになれるワケじゃないんですよね。
歩き続ける理由|灰色ダウンの男と縮れ毛の娘
「死」と隣り合わせの「夜行」。そんな危険なものに、なぜ人々はついていくのか。
常連の灰色ダウンの男と縮れ毛の娘の理由が興味深かったです。
俺は人生を変えたくて歩いているんじゃないぜ。ただ次の場所へ行くのが面白いから歩いているのさ。日課みたいなもんだ
次の場所へ行くのが面白い。「夜行」はパラレルワールドの自分を何度も体験できるんです。
1度味わうと抜け出せなくなるのは、麻薬のような危うさを感じる・・・。
気に入った人生だったら、そこに留まって次は参加しなければ良いのです。でも灰色ダウンの男にとって「夜行」は、もはや日課になっていました。
縮れ毛の娘
「もう歩くしかない」と言う縮れ毛の娘。彼女は結婚して幸せな人生を歩んでいました。でもよく分からないまま「夜行」に参加したら、次の町では一人ぼっちだった・・・。
それまで苦労もあったけど拠り所でもあった全て、積み重ねてきた過去や思い描いていた未来、そんな全てが、あっさりとかき消えてしまったのよ
「夜行」に参加することは、それまでの人生を捨てて新しい人生を歩むということ。パラレルワールドの世界が前の世界よりも良いという保証はないんです。
彼女は今より良い人生を求めて「夜行」に参加し続けていました。
本当は「夜行」に参加する前の世界、一番初めに戻りたいんじゃないかな。
苦労したけど拠り所でもあった夫と子どもがいる世界です。積み重ねてきた過去や、思い描いていた家族との未来が一瞬で全て消えてしまうのは切なくなりますね。
「夜行の冬」ピリッとするラスト
ラストが苦い・・・。
春が迫る中、この冬最後の「夜行」で縮れ毛の娘は闇にのまれてしまいました。それも主人公の男が彼女を・・・。彼は無事に次の町にたどり着きます。
結局、最後まで縮れ毛の娘の名前をきくことはなかったのに、不思議に歩いていると知らぬはずの彼女の名前が脳裏に浮かんだ
この文章を読んだときヒヤリとしました。
主人公の男が訪れたパラレルワールドでは、縮れ毛の娘と彼が近い関係にあることを匂わせています。彼が見捨てた彼女と、です。
男はその世界で彼女とのことを背負って生きていかねばならない・・・。これが彼に下された罰なのかとヒヤリとしました。
次の冬がきて鈴の音が聞こえたら、彼はまた「夜行」に参加するのかな。
少し苦味があって哀愁ある物語。『竜が最後に帰る場所』の中では「夜行の冬」が1番好きです。