『彼らは世界にはなればなれに立っている』あらすじ・ネタバレ感想文|差別を描いた切なく悲しい物語|太田愛
- 『彼らは世界にはなればなれに立っている』あらすじと感想文
- テーマ「差別」について
- 流民というだけで傷つけられる世界
- 自由な世界を求めたコンテッサ
- トゥーレの後悔と作者のメッセージ
- 差別が起こる理由
ネタバレあります。ご注意ください。
もし奇跡が起こせるのなら、僕は母さんのために奇跡を願いたかった。
太田愛さんの小説『彼らは世界にはなればなれに立っている』読書感想です。前3作品とはガラッと変わり、今回はファンタジーでした。
太田さんはファンタジーも絶品だね。
ただ、『犯罪者』『幻夏』『天上の葦』のイメージを期待して読むと肩透かしかも。強いメッセージ性はあるものの、あのスピード感あるドキドキの展開ではないからです。
はじめからファンタジーとして意識しながら読むと、これはこれで面白い。・・・切なくて泣きました。
『彼らは世界にはなればなれに立っている』あらすじ
太田愛、ファンタジー小説
“始まりの町”の初等科に通う少年・トゥーレ。ドレスの仕立てを仕事にする母は、“羽虫”と呼ばれる存在だ。誇り高い町の住人たちは、他所から来た人々を羽虫と蔑み、公然と差別している。町に20年ぶりに客船がやって来た日、歓迎の祭りに浮き立つ夜にそれは起こった。トゥーレの一家に向けて浴びせられた悪意。その代償のように引き起こされた「奇跡」。やがてトゥーレの母は誰にも告げずに姿を消した。
『彼らは世界にはなればなれに立っている』テーマは「差別」
太田愛さんのトリオシリーズ、そして『彼らは世界にはなればなれに立っている』と読んできて、作者の強いメッセージを感じました。
『犯罪者』では 「裁かれない悪」、『幻夏』では「冤罪」、『天上の葦』では「メディアと言論の自由」。
『彼らは世界にはなればなれに立っている』テーマは「差別」です。
「羽虫」と呼ばれる、帰るべき故郷を持たない流民を主軸として、日常的に差別が行われる悲しく切ないストーリー。
理不尽で可哀想で救い難い物語だった。町の人々に恐怖を感じたよ。
ファンタジーだから前3作とは全く違う様相でいて、でも同じ作者の本だと納得できる小説でした。
太田さんがファンタジーを描くとこうなるのですね。
レビューの評価が高くないのは、ミステリーだと期待して読んだ人が多かったからかな。私としては高評価で、さすが太田愛、という感じでした。
『彼らは世界にはなればなれに立っている』ネタバレ感想文
『彼らは世界にはなればなれに立っている』は、4つの章からなる長編小説です。
視点は「羽虫」と呼ばれている人々(トゥーレ、マリ、葉巻屋、魔術師)。他には、伯爵、コンテッサ、パラソルの婆さん、怪力、赤毛のハットラ、カイ、トゥーレの父と母・・・といった登場人物もいました。
それぞれの過去や人生が描かれていて哀愁を感じたよ。
トゥーレ、マリ、葉巻屋、魔術師は好きな登場人物だけど、コンテッサやパラソルの婆さん、怪力、カイも好きです。
舞台は塔がある始まりの町。そこには元々の住民と、帰るべき故郷を持たない流民が入り乱れていました。
羽虫って表現は好きじゃない。
遠くから来て町に住みつき、害をなす者という意味を込めての蔑称なんですよね。
たぶん最初は小さな差別から始まったのだと思います。でもそれが習慣化するうちに大きなものとなり、変えることも叶わなくなる。・・・怖いです。
流民というだけで傷つけられる世界|アレンカとトゥーレ
第1章では、男の子・トゥーレの視点で感じられる周りの悪意が怖かったです。
トゥーレの母・アレンカは流民でした。父は始まりの町の民。周りの人のアレンカに対する差別が酷かった・・・。
ずっと辛い思いを抱えていた彼女はトゥーレの前から姿を消してしまうのです。
もし奇跡が起こせるのなら、僕は母さんのために奇跡を願いたかった。だがどんな奇跡が起これば、母さんはつらい思いをせずにすむようになるのだろう。母さんが母さんであること、それ自体で傷つけられる世界で
自分が自分であることで傷つけられる世界。自分の存在が否定されている気がして悲しくなりました。
「差別」を「差別」と感じてない人々が恐ろしい。
始まりの町の民というだけで犯罪が隠匿され、そのかわり罰を受けるのは無実の流民・・・。ここまでくると狂っているとしか言いようがないですね。
太田さんの小説はリアル感があって、心にズシンときます。現実世界にも差別はあふれているから・・・。
小説として第三者目線で読むと、その異様さが浮き彫りになるんだ。
自由な世界を求めたコンテッサの末路
伯爵の養女・コンテッサは、流民のための「差別」がない自由な世界を築こうとしていました。
流民というだけで虐げられることもなく、暴力に晒されることもなく、健やかに安全に暮らせる世界です。
彼らにとっては故郷になり得たかもしれない世界。やり方は間違っていたけど叶ってほしかった。
コンテッサの思いは報われず、彼女と計画に加担した怪力は帰らぬ人に・・・。始まりの町では、流民のごく普通の幸せも叶わないのですね。
コンテッサは魅力的な女性でした。トゥーレにも優しく、始まりの町の民に正面から立ち向かったのは彼女ただひとり。
もしかしたら、まだ差別が大きくない頃に彼女のような勇気があれば世界は変わっていたのかもしれない。
トゥーレの後悔|作者が伝えたいメッセージ
魔術師視点で描かれた第4章。魔術師の過去が描かれたストーリーが1番好きです。
第1章から4章まで、彼だけが全ての傍観者であったのかもね。
魔術師は亡くなった人の思いを知り、トゥーレやマリ、パラソルの婆さんなどを見守ってきた唯一の人です。
最後に広場でトゥーレが話す言葉を聞いた魔術師。トゥーレの言葉に、作者・太田愛さんが伝えたかったことがにじみ出ているような気がしました。
─僕たちは何を教えられてきたのだろう。どうして今、ふるさとを遠く離れたこの場所にいるのだろう。どうして見知らぬ場所で死ぬのだろう。大事な者を抱きしめることもできずに。こんなふうに戦うのなら、抵抗するべきだった。でも、もう遅い
物事が小さいうちに抵抗すべきで、大きくなってから修正することは容易ではないこと。
これは、メディアと言論の自由をテーマとした『天上の葦』でも描かれていたことでした。
ここで描かれているのは流民に対する差別です。流れが大きくなると、ひとりの力では止められなくなる。
カイやトゥーレ、アレンカ、マリ、コンテッサや怪力・・・。
みんな流民であったために犠牲になってしまったんだ。
切なくて涙があふれました。初めは小さな差別だったけど、やがてそれは大きくなり、人々の人生が奪われてしまう悲劇に発展してしまうのです。
なぜ差別は起こるのか
差別をテーマとして深く掘り下げた『彼らは世界にはなればなれに立っている』。そもそも、なぜ差別は起こるのか。
葉巻屋の言葉にヒヤリとしました。
町の人間は羽虫をどこまでも踏みつけにすることで自分たちの優位を確認し、そのような行為が許されていることにかろうじて自由を実感している
優越感です。自分が可愛いから、他人よりも優位に立つと安心する心理。・・・この気持ちは私にもわかります。
でもこれが差別に繋がっていくと思うとドキッとする。
最初は小さな差別でも、いつしか大きくなり他人を傷つけてしまう。そして大きくなった流れはもう止められない・・・。
集団だと間違いにも気づきにくくて、みんながやってるからと日常的になってしまうのは怖いです。
たまに立ち止まって、第三者目線で物事を捉えることが必要だね。